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労働経済学とミクロデータの関係性顔写真
神戸大学大学院経済学研究科 勇上 和史 准教授

研究背景・ミクロデータ活用の経緯

 労働経済学の分野では、賃金と雇用が2大テーマとして捉えられています。その中で、私は知識・技能の異なる労働者が自らの時間を切り売りして働く中で生じる賃金格差・雇用格差の構造解明をテーマとしています。従来、企業間の賃金格差については企業規模の違い、労働組合の有無、産業・業種の違いが説明要因として用いられてきましたが、各企業の社齢(創業してから何年経ったか)により、企業の存続確率や人材を集められる力等が異なり、結果として賃金格差が生じるのではないか、という問題意識を持ちました。
 政府統計は厳密な抽出手続と高い回収率を保持しつつ、継続的な調査を行っており、日本の労働市場の問題そのものである賃金格差について議論するにあたり有用性の高いデータです。労働経済学の分野ではミクロデータの利活用が世界的に進んでいることもあり、本研究においても政府統計のミクロデータを利用することにしました。

研究概要

活用したデータと手法等

 社齢の差が賃金構造に与える影響について分析するため、本研究では賃金構造基本統計調査と事業所・企業統計調査の2004年・2005年・2008年ミクロデータを利用しました(分析にあたって、共通して割り振られている事業所番号を用いてマッチングを行っています)。
 まず、①目的変数に賃金、説明変数に社齢、企業に係るその他変数(従業員数、産業・所在地ダミー変数等)、従業員に係る変数(年齢、勤続年数、教育水準ダミー変数等)を取った重回帰分析を行い、社齢に係る係数(社齢が高くなるにつれて、賃金がどの程度変化するか)を確認しました。次に、②社齢と勤続年数の交差項を加えて重回帰分析を行うことで、社齢が勤続年数と賃金との関係性に与える影響を分析しました。

研究結果

 上記①の分析により、社齢に係る係数が負、すなわち社齢が高いほど賃金が低下する傾向があることを明らかにしました。次に②の分析により、社齢が高いほど、勤続年数の増加に伴う賃金の増加率が大きい(賃金の年功度合が高い)ことが示されました。更に、製造業と非製造業に分けて分析することで、上記傾向が非製造業においてより顕著に見受けられることを明らかにしました。本研究のように複数の政府統計のミクロデータをマッチングすることにより、より幅広い観点での分析が可能となります。これにより従来はできなかった研究が可能となり、研究の幅が大きく広がりました。

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ミクロデータ活用の有用性など

 ミクロデータと違い、集計データでは(集計単位ごとの)平均値しか分からず、集計単位内部の変数の変動が分からないため、変数間の関係を捉えることが出来ません。応用ミクロ経済学の分野ではミクロレベルでの予測が重要となるので、ミクロデータを利用することで、研究の幅を大きく広げることができます。統計法改正やオンサイト施設の導入により、従前よりも多くの人が、比較的自由にミクロデータを利用できるようになったため、今後ミクロデータ利活用が促進され、応用ミクロ経済学における研究がより進んでいくのではないか、と考えています。また、以前は一部の学生でなければミクロデータを利用できない仕組みでしたが、法改正により幅広い学生のミクロデータ活用が可能となったことは博士課程の学生を中心とした学生の研究環境改善に繋がっています。
 一方、ミクロデータの利活用にあたって研究者は政府統計の仕組み(母集団リストの決定方法、抽出の仕組み等)を事前に良く把握しておく必要があります。今後、こうした仕組みが研究者の中で周知されていくことで、ミクロデータの利活用がより一層促進されるのではないでしょうか。

【利活用事例 】

Okajima, H., Yugami, Morimoto,
Okajima, S., Nakamura(forthcoming)
『Firm age and wage determination: Evidence
from matched employer-employee data in Japan』
Applied Economics Letters

【研究キーワード 】

Wage differentials, Wage profile,Firm age,
Matched employer-employee data