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経済学におけるミクロデータ利活用顔写真
学習院大学経済学部
宮川 努 教授

経済学と統計データの関係性

 経済学者は現実経済を観察して、観察される様々な経済事象の関係を整合的に説明できるような理論仮説を設定します。そして、 設定した理論仮説を厳密に検証するために統計データを用いた各種計量分析を行います。経済学にとって、統計データは理論仮説検証のための貴重な材料というわけです。
 経済学は関連統計が豊富にあるため、理論仮説に対して統計データを用いた多角的な検証を行うことが出来ます。特に公的統計は層別抽出等の事前手続きが厳格であり、その信頼性が担保されているため、多くの研究者が仮説検証に際して利用しています。その中でも、日本の統計データの多様性は世界的に見ても貴重であると考えています。

経済学におけるミクロデータへの期待

 ミクロデータを活用することで、統計解析において重要であるサンプル数を十分確保できる点はメリットとして挙げられます。中でも、公的統計は調査対象範囲が網羅的で広く、サンプル・セレクション・バイアス(対象範囲の偏りによる分析結果の変動)を回避できる点は魅力的です。実証的な経済学は1世紀弱の研究蓄積があり、ミクロデータを活用した研究も2000年頃から徐々に増えてきている印象です。労働分野から始まり、現在は企業を対象とした様々な研究がなされていますが、今後ミクロデータを活用することで、政府の政策(例えば、投資減税、最低賃金の引上、働き方改革に関する諸制度変更等)が企業行動に与える影響の研究や、比較的狭い単位での地域経済についての研究等が進んでいくのではないでしょうか。特に、地方経済においては中小企業に関する分析が必要不可欠となりますが、公的統計のミクロデータを活用することでこれらの詳細な研究が可能になることが大きなポイントと考えています。

ミクロデータ利活用事例

 本研究では、工業統計の6桁商品分類表を用いて、日本企業の製品転換について実証分析を行いました。具体的には、複数財生産企業と単一財生産企業を比較し、労働生産性を初めとする様々な企業パフォーマンスに関して、前者が後者を上回っているという結果を得ています。次に産業レベルに集約して行った分析から、競争的な環境である産業ほど、製品転換は多く行われていることが明らかになりました。一方、企業単位の推計では、製品の追加を行った企業は雇用も含めて企業パフォーマンスを改善しているが、製品の削減を行った企業では、雇用の減少よりも産出量の減少が大きいため、生産性は悪化していることが分かりました。
 本研究は工業統計を用いることで約27万7千社を対象に1,812の財を収録したデータベースを構築でき、これにより財の細やかな変化と企業活動等との詳細な分析を可能とした一例と考えています。

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ミクロデータ活用に向けた課題

 分析目的によっては、複数の統計で得られるデータをマッチングさせる必要が生じます。現状は統計間で財の分類が一致していないケースもあり、複数統計間のマッチング可否・運用ルール等については今後整備が進む領域だと認識しています。また、今後幅広い層の人々がミクロデータを利用した分析に従事することになるため、多様な利用者がミクロデータを使いやすいような環境の構築(統計ソフトウェアのパッケージ提供、利用者からのフィードバック受入・対応体制強化等)については、ますます重要性が増しているのではないでしょうか。

【利活用事例 】

川上淳之、宮川努(2013)
『日本企業の製品転換とその要因-工業統計表を使った実証分析-』
財務省財務総合政策研究所「フィナンシャル・レビュー」平成25年第1号
通巻第112号)2013年1月

【研究キーワード 】

参入、退出、複数財の生産、製品転換、
労働生産性、TFP、Propensity
Score Matching Model